vol.12
- ユニークな日本教育論
- 社団法人 日本図書教材協会会長
- 国立教育政策研究所名誉所員
- 菱村 幸彦
教育書を読んで、「面白かった」という本は少ない。まして官僚の書いた本で面白いのは、まず希有だ。しかし、この本は例外である。この本とは、岡本薫著『日本を滅ぼした教育論議』(講談社現代新書)である。
著者は、現在、政策研究大学院大学の教授だが、もともとは文部科学省のキャリア官僚である。若いころOECD(経済協力開発機構)に出向し、国際公務員として活躍した文科省きっての国際派である。
本書がユニークなのは、著者の豊かな国際経験から得た情報収集や分析手法がベースになっているからだろう。著者自身「(国際機関勤務で)学んだことの多くは、実は外国の特徴ではなく、むしろ日本自身の特徴やユニークさであった」と述べ、現状認識や原因究明などを曖昧にしたままの、ロジカルでない「日本人どうしの議論のしかたの不思議さ」に鋭く切り込んでいる。
一例を挙げると、こうだ。
日本の学校教育は、知識偏重・暗記中心で、考える力が養われていないというが、この認識は具体的データに基づかない錯誤であり、日本人自身が内外に蔓延させた自虐的偏見にすぎないと、具体例を挙げて指摘する。
その上で、いわゆる「詰め込み教育」から「ゆとり教育」への転換も、現状の精緻な検証なしに「世の中のムード」に流されてしまったものらしいと述べ、その後に起こった「ゆとり教育の見直し」も同じ過ちを犯しつつあるように見えると警告を発している。
加えて、日本では、欧米で失敗した「子ども中心主義」という非現実的理想主義を掲げて「知識を教えることは悪」というムードが広がってしまい、校長までが「教育と言わず学びと言うべきだ」などと真顔でいう状況が蔓延したことを嘆いている。
と、まあこんな論述が続くわけで、著者の意図は別として、結果として、我が国の教育政策に対する批判の書となっている。しかし、批判のための批判でなく、日本の教育をよくしたいという熱意が、ロジカルな論述とともに、説得力を増している。ただ、ひとつ疑問に思ったのは、著者が西欧的学校観に立つ故か、学校における「心の教育」を軽視している点である。ともあれ、一読を勧めたい。
〜図書教材新報vol.12(平成18年4月発行)巻頭言より〜