vol.42
- 言語力はスポーツにも重要
- 財団法人図書教材研究センター副理事長
- 新井 郁男
新学習指導要領では言語力が全教科等の学力の土台となるとして、国語科だけでなくほかのすべての教科の指導においてもそれぞれ言語力の育成を重視している。しかし、そのことの意義や具体的な指導の在り方については、実践をする学校からは必ずしもよくわからないという声が聞こえてくる。特に、体育のような身体的表現が中心となる活動において、言語力がどういう意味で重要なのかがみえないといわれるが、スポーツの世界でも言語力が重要のように思われる。
このことを改めて気づかせてくれたのは、このたびのオリンピックの水泳競技で金メダルを二つ取った北島康介選手を育てた平井伯昌コーチ(東京スイミングセンター指導部長)の言葉である。平井さんは「言葉というのは、実はスポーツ選手にとって、とても重要なものです。レースの結果やコンディションを自分の言葉を使って分析する、言葉で明確に目標を持つ、自らに言葉を投げかけることでレース時の緊張をほぐす、コーチやメディアとコミュニケーションを取る――。どれを取っても、言葉の上達は競技の上達につながるのです。」(日経BP社刊行『Associate』35ページ)と述べている。
平井さんがこのように考えるようになったのは、コーチとしての実体験からだという。小学校の頃から指導していた選手が高校生になって急に成績が伸びなくなったが、それは選手が自分で考えることを知らなかったからだということがわかったというのである。このように言葉の大切さがわかった頃に北島選手と出会い、早速言葉を使ったトレーニングを積み重ねた。それが金メダリストを生む重要な基礎になったのである。
言葉による表現力、コミュニケーション力が重要であることはほかの種目においても同様であろう。サッカーのコーチであり日本サッカー協会の専務理事をされている田嶋幸三氏も、その著『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(光文社)で指摘している。田嶋氏はドイツでコーチライセンスを取得し、ドイツでもコーチをしておられたが、ドイツの子どもは自分のプレーの意図を言葉で明確に表現するのに、日本の子どもは、「何となく」とか「テレビで見たから」といった主体性のない答えが多いという。
ソウルオリンピックにおけるレスリングのメダリスト小林孝至さんと文部省(旧)主催の洋上教員研修でご一緒したことがあるが、その時の講話で、ご自分の体験談として、試合に臨むにあたっては、また、試合中も、コーチの言葉は無視し、自分の考え、意思だけで戦ったという話をされたことが印象深かった。
〜図書教材新報vol.42(平成20年10月発行)巻頭言より〜