vol.83

「図書教材」の魅力
社団法人日本図書教材協会副会長
川野辺 敏

情報の急激な変化には戸惑うばかりである。「初音ミク」という映像の上で踊っている美少女に歌詞とメロディーを入力して、自作曲を歌わせることが出来るソフトで、それが217の国・地域で配信され、邦楽史上最多を記録しているという。教育面でも驚いたことがある。政治・経済的に不安定な状況に置かれていると思われてきた旧ソ連圏の中央アジアの国々を、ここ3年に亘って調査・研究してきたが、その一つであるウズベキスタンの小学校でも、携帯パソコンを使って教師と父母が子どもについての情報を交換している状況がわかった。情報手段は世界を巻き込んでいるのは間違いない。

これを放置できないことは明らかであるが、年齢を重ねた筆者には、どうしても映画「生きる」の志村喬の沈黙の演技や「東京物語」などの笠智衆の姿に郷愁を覚え、読み終えたばかりの「楡家の人々」(北杜夫)の家族の一人ひとりの生活や文章に惹かれるのである。そんな折、由紀さおりのアルバム「1969」はアメリカで人気をはくし、日本でも売り上げ20万枚近くに及ぶなどと聞くと、拍手を送りたくなる。

デジタル教材の議論がかまびすしく、頭を悩ますこの頃であるが、電車の座席に座る若者の「携帯」や「情報機器」に没入する姿を見るにつけ、このままでは日本語の「表現力」は一体どうなるのか気が気でならない。若いうちから、より多くの本を読み、心に日本の美意識を刷り込まなければ、大変なことになりそうな予感がする。

その意味で「図書教材」の意義は極めて大きいといえよう。デジタルに挑戦しつつも、あくまで日本のよき伝統を守り、それを研ぎ澄ました「ほれ込むような図書教材」の重要性を再認識したい。

〜図書教材新報vol.83(平成24年3月発行)巻頭言より〜